『Wellness Business』通巻3号(2026年5月25日発行)掲載記事を転載
2018年の世界温泉地サミットで「ポストウェルネス」という言葉に触れたことを契機に、「Jウエルネス」の概念を提唱してきた江渕 敦氏。健康・美容産業の専門メディアに長年携わったのち、2021年に一般社団法人Jウエルネス振興会を設立。国内外のウェルネス動向の調査・研究や研究セミナーの定期開催、異業種連携の促進を通じ、日本独自のウェルネス資源の再発見と発信に取り組んでいる。世界のトレンドを見据えながら、日本がこの5年間で進むべき方向性について聞いた。
「ポストウェルネス」のヒントは日本にある
私が「Jウエルネス」と発信する起点となったのは、2018年に別府で開催された世界温泉地サミットでした。各国からウェルネスや温泉の関係者が集まり、朝から議論を重ねていたのですが、そこで繰り返し出てきたのが「ポストウェルネス」という言葉だったんです。ある方は「ポストウェルネスのヒントは日本の温泉地にある」と言い、イタリアのホテルオーナーの方からは「日本人は日本の豊かさがわかっていない」と言うメッセージをいただきました。
「ポストウェルネス」について私なりに考えたのは、ウェルネス先進国と言われていた諸外国、特にアメリカなどでは、健康的な空間やプログラムを「作って提供する」ことがウェルネスだった。けれど、それへの行き詰まりから、もっと精神性に根ざしたウェルネスが求められているのではないかということです。翌2019年には業界の総会でスピーチの時間をいただき、「ポストウェルネスを『Jウエルネス』と言ってしまいましょう」と呼びかけました。まず言ってしまおう、と。

世界のトレンドをそのまま持ち込んではいけない
海外のウェルネストレンドを見ていると、毎年10のトレンドが挙がるとすれば、そのうち1つか2つに自然回帰的なテーマが入ってきています。一方で、データ活用による最適化や医療への接近も進んでいる。
ただ冷静に海外のトレンドを見ると、9.11事件以降に「より高く、より大きく、より早く」という生き方への疑問からウェルネスが注目されたはずなのに、今やウェルネスという分野の中で、再び、生産性や効率を追い求めているようにも感じられます。
インバウンドの方々が日本に求めているウェルネスは、海外の新しいトレンドではありません。自然回帰や人間性の回帰、日本の伝統文化に根づいた、心の琴線に触れるようなものを求めているのではないでしょうか。海外のトレンドをそのまま日本に当てはめるのではなく、日本流にちゃんと理解を深めた上で取り入れ、発信していかなければならないと強く感じています。
これからの5年間を左右する6つの視点
SDGs のゴールが2030年に設定されている中で、次はウェルビーイングに向かう流れが見えてきています。日本はきっと真面目に取り組むでしょうから、それまでに「Jウエルネス」をしっかり整備しておきたい。そこで、今後5年間の国内ウェルネスビジネスの方向性として、6つの視点を考えています。
1つ目は「能動的なウェルネスライフ」です。日本はもともとウェルネスに恵まれた環境にありますが、社会が変わった今、じっとしていてはウェルネスを享受できない。健康産業や美容業界のプロフェッショナルが生活者を引っ張り上げていく、そういう方向に向かうのではないかと思います。
2つ目は「医療とウェルネスの連携」。医療とウェルネスは対立するものではなく、その前後にウェルネスが活躍できる領域がたくさんある。理学療法士のように医療の枠を出て活動する方も増えてきています。
3つ目は「目的型の空間」。ウェルネス不動産の市場は拡大していますが、次のステージとしては、睡眠に特化した住宅や幸福度を高める住環境のように、明確な目的を持った空間づくりが進むと見ています。

伝統とテクノロジーの掛け合わせが日本の強み
4つ目は「伝統×テクノロジー」です。養生や自然との関わりといった日本古来のウェルネス資源を、テクノロジーの力でもっと身近に、わかりやすくしていけるのではないかと考えています。里山の施設を訪ねると、20代30代の若い方が滞在していることがある。彼らにとってそれは懐かしさではなく、新しい価値なんですね。古めかしいと思われていたものが可視化されることで、若い世代や海外の方にも届いていく。日本には先端的な医療・科学・美容の力もあるので、伝統と切り離さず、一緒に考えていくべきだと思います。
5つ目は「ライフコースの視点からの市場拡大」。今後はライフステージではなくライフコースという考え方で、人生における選択や経験の多様性に着目したビジネスが発展していくでしょう。たとえば、女性の健康に対する国の取り組みはこの1~2年でものすごくスピード感がありました。女性の一生を見て健康支援を設計していく方向に進むでしょうし、さらには男性や中高年にも、この考え方でのウェルネスのニーズが広がっていくと見ています。
そして6つ目が「自然回帰・人間性回帰」。地域の暮らしのリズムや自然のリズムに身を置く体験をきちんとこしらえて、価値あるものとして提供していく。数値では測れないウェルネスにもっと目を向けることが大事です。
日本は他の国の真似をしなくていい
ウェルネスビジネスのアプローチは大きく3つあると思っています。まず、送り手の事情ではなく「生活者主体の目線」でビジネスを考え直すこと。住友生命のバイタリティのように、保険会社と生活者の関係性そのものを変えてしまったサービスがその好例です。次に、自社だけではなく「異業種連携」で、健康・社会・環境・地域といった課題解決に貢献する、息の長い持続可能なビジネスを生み出すこと。そして、非日常の体験を日常に結びつける「日常と非日常をつなぐ」視点です。生活者自身がテクノロジーに慣れ、能動的にウェルネスを求め始めている今、行動変容を促す新しいビジネスチャンスが生まれつつあります。
世界は最適化ビジネスへと大きく動いていますし、投資対象としてウェルネスは非常に有望です。しかし、その先にポストウェルネス的な価値を求める流れが確実にある。日本はそこにチャンスがあります。他の国の真似をするのではなく、世界が向かおうとしている方向を見極めながら、日本ならではのウェルネスビジネスを築いていく。それがこれからの5年間で取り組むべきことだと考えています。(談)
Interview

江渕 敦氏
一般社団法人Jウエルネス振興会 代表理事
J-wellness media 代表
元、インフォーマ マーケッツ ジャパン(株)ダイエット&ビューティ事業部長・編集長。長年、健康・美容産業の専門展示会やメディアに携わる。国内外のウェルネス産業を取材・発信し続ける中で、2019年に「Jウエルネス」を提唱。2021年に一般社団法人Jウエルネス振興会を設立し、研究セミナーの開催(現在52回)、国内外のウェルネス調査・研究、異業種連携の推進などを通じて、日本独自のウェルネスビジネスの振興に取り組んでいる。