『Wellness Business』通巻2号(2026年2月25日発行)掲載記事を転載
2025年11月27日、東京ビッグサイトで開催された「第2回国際ウェルネスシンポジウム」。「地方都市から日本経済を活性化するウェルネスホテル」と題して基調講演に登壇した丹野智宙氏は、医療・福祉グループを経営する傍ら、人口減少が深刻化する青森市に、ウェルネスをコンセプトとしたホテル「ReLabo(リラボ)」を開業。わずか1年半で稼働率90% を達成し、客室単価は市内他ホテルの約2倍、口コミ評価9.4という驚異的な実績を上げている。地方創生とビジネス戦略の交差点で、丹野氏が見出した「ウェルネス×既存事業」の可能性とは。
医療グループだからこそ直面した人口減少の現実
丹野智宙氏は病院経営、福祉経営を手がける医療グループの経営者だ。約3年前、ウェルネスをテーマにしたホテル事業を始めた。その経験と知見をまとめた著書『新たな事業を開拓する ウェルネス戦略』(幻冬舎)は、既存事業にウェルネスという要素を入れることで、人口減少や地方創生という課題の中でもビジネスを成功させる方法を説いている。
医療・福祉グループを経営する同氏にとって、人口減少は単なる経営課題ではなく、地域医療そのものの存続に関わる問題である。
青森市の人口は2050年には40%も減少すると予測されており、丹野氏は「人口減少を防ぐためにホテルなどで外貨を稼いでいくことは、もはや医療ビジネスのミッションに近い」と語る。一方、既存のホテル業界は国内需要の減少、労働力不足、マリオットグループのような外資系ホテルの台頭という厳しい環境に置かれていた。

ハーバードで学んだ「バリュースティック」理論
この状況を打破するヒントを、丹野氏はハーバード・ビジネス・スクールのOPM(Owner/President Management)プログラムで得た。過去30年で日本人卒業者わずか20人という、オーナー経営者向けの最高峰プログラムだ。世界約50カ国から150名が参加し、3年間にわたり戦略理論を学ぶ。
そこで学んだ核心的な概念が「バリュースティック」である。
これは、顧客が「より多く支払おうという意欲(Willingness to Pay:WTP)」を高めること、そして従業員や取引先が「この企業で働きたい、協力したいという意欲(Willingness to Sell:WTS)」を引き出すことを軸とした戦略フレームワークである。
「このWTPとWTSを高めていく一連の活動こそが、戦略の根幹だと学びました」と丹野氏は語る。そして、この理論と「ウェルネス」という概念を組み合わせることで、既存事業に新たな価値を生み出せると確信した。
丹野氏が着目したのは、世界的に広がる「ウェルネス」への関心の高まりだ。かつては「太く短く生きる」と豪語していたアメリカ人たちが、今や「ロンジェビティ(健康長寿)」を真剣に追求し、納豆キナーゼのサプリメントやコンブチャに熱狂している。世界84億人規模で健康志向が拡大する中、ウェルネスはもはや一時的なトレンドではなく、30年、100年単位で続く大きな潮流と目されている。
ReLaboのプロジェクトが始まったのは、2020年のコロナ禍。「猫一匹通っていない」「青森駅はしょぼい」と言われていた状況からのスタートだ。JR東日本グループからホテル運営を依頼されたが、丹野氏が選んだのは「競合しない」戦略。宴会場が得意なホテルがあるので宴会場はやらない、和食と郷土料理が得意なホテルがあるのでそれもやらない。「地域のホテルと競合するのはウェルネスじゃない」という考えからだ。
丹野氏は、既存のビジネスにウェルネス要素を組み込むことで、WTPを劇的に向上させることができると主張する。実際に、青森駅前に開業した「ReLabo」では、市内の他ホテルと比べて客室単価が約2倍、口コミ評価はBooking.comで9.4(他ホテルは平均8.4)を獲得、稼働率は90%にまで達している。
「ほとんどの部屋にバスタブを置いていません」とも丹野氏は続ける。その代わりに投資したのは、空気質、水質、香り、音といった環境のウェルネス要素だ。6階のウェルネスセンターには毎日、天然100%の温泉を運び込んでいる。加えて、ヨガ、スパ、クリニック、ガストロノミーなど、多様な要素を統合している。そして、経営判断の基準も「それはウェルネスですか?ウェルネスならゴーサイン」という明確なものだ。複合的なウェルネス要素は、模倣を困難にする。一つ一つの要素は真似できても、それらを統合した独自の体験は簡単には再現できない。これこそが持続可能な競争優位性となる。
ReLaboの主要顧客の70%は海外からの宿泊客だ。「オーバーツーリズムの京都、大阪は1回行ったし、もうミシュランもいらない。新幹線に乗って誰も知らない青森の静かなところに行こうと思ったら、ウェルネスホテルが出てきた」としてReLaboを訪れる富裕層が増えている。中には資産数千億円規模の顧客もおり、ジェット機で訪れるケースもあるという。
もう一つの特徴的な顧客層が、女性の一人旅だ。かつて旅館業界では、女性の一人旅を敬遠する風潮があったという。しかし、ReLaboでは女性一人旅を快く受け入れ、リピーターも増えている。開業から1年半で、京都から28泊した女性や、関東圏から11回訪れている女性もいる。その背景には、ウェルネスとメディカルの融合も鍵を握っている。併設クリニックでは幹細胞培養液の治療を提供しており、関東圏の女性はがんによる切除手術後の痛みに悩んでいたが、この治療を受けながら、ホテルでフレンチのガストロノミーを楽しみ、温泉に浸かるという新しいスタイルの滞在を実現している。
ウェルネスはWTPだけでなく、WTS(従業員の働く意欲)も向上させる。ホテル業界では深刻な人手不足が続いているが、ReLaboでは口コミによる「リファレンス採用」が奏功し、採用コストはゼロに近い。
しかも、客室清掃、メンテナンス、レストランスタッフなど90人全員が直接雇用で、派遣や外注を使っていない。その結果、人件費や外注費は競合他社より40%低い水準に抑えられている。「ウェルネス」というコンセプトが、従業員にとって「楽しそうな職場」「自分らしく働ける場所」という魅力を生み出し、離職率の低減にもつながっている。

医療とウェルネスの融合がもたらす新市場
慈恵会グループは医療の領域にもウェルネスのコンセプトを導入している。
アメリカ発のYogaFit創始者Beth Shawが開発したヨガの呼吸法を手術前患者200名近くに提供して測定したところ肺炎患者数が5分の1に減少したという。
さらに、慈恵会病院で提供しているロボットリハビリ「HAL」をReLaboに導入し、東京でリハビリを充分に受けられず退院した女性客が3週連続で通って集中的にリハビリを受けた結果、歩行スピードが5倍になり、怪我をする前にこよなく愛していた登山ができるようになったという事例もある。
また、神奈川県黒岩祐治知事と共同記者会見をした、神奈川県が取り組む未病をコンセプトにしたウエルネスツーリズムを提供するなど広範囲に展開している。
地方創生とビジネス成功の両立へ
ハーバードビジネススクールの戦略教授ラモン・カザダスス=マサネル教授は、丹野氏の著書に推薦文を寄せている。それほどまでに、ウェルネスと既存ビジネスの統合は、戦略理論としても注目されている。丹野氏は最後にこうメッセージを送る。
「皆さんの既存ビジネスにウェルネスという要素を、ちょっとでいいから乗せてみてください。良いことがあるかもしれません。ビジネスの成功は、人口減少対策、地方創生にもつながります」
人口減少が加速する日本において、ウェルネスは単なる健康志向のトレンドではない。それは、WTPとWTSを同時に高め、持続可能なビジネスモデルを構築し、地域経済を活性化させる戦略的武器となりうる。丹野氏の挑戦は、地方都市から日本経済を再生する一つのモデルケースとして、今後ますます注目を集めるだろう。
Interview

丹野智宙氏
株式会社城ヶ倉観光 代表取締役会長
一般社団法人慈恵会 理事長
ハーバードビジネススクール OPM修了
青森県青森市生まれ。世界中のウェルネス経営者とのネットワークを駆使しながら、最先端のウェルネス研究を追求している。3年間のウェルネスホテルのプロデュースに携わり、2024年Relabo Medical Spa & Stayを開業。2024年ホテル分野で世界発となるWELL認証の最高ランク「プラチナ」取得。青森県で初となるワールドラグジュアリースパアワード受賞。著書に「新たな事業を開拓する ウェルネス戦略」、「週末ウェルネストラベル 自分を見つめ直す旅」(ともに幻冬舎)。