世界レベルの品質と認められた施設だけが加盟できる「ルレ・エ・シャトー」に2012年から加盟。日本の高級旅館を世界の富裕層に発信する国際コンソーシアム「THE RYOKAN COLLECTION」にも名を連ねる別邸仙寿庵。リピート率7 割とゲストから高い支持を得るなか、タイの世界的ウェルネスリゾート「Chiva-Som Hua Hinch(以下、チバソム)」と提携し、2026年7 月から新たにウェルネスプランの提供を開始する。創業時から備わるウェルネスの土壌に、世界水準の知見を重ね、日本旅館の価値を進化させる。代表の久保英弘氏にその思いを聞いた。
『Wellness Business』通巻3号(2026年5月25日発刊号)第2特集「日本のラグジュアリーウェルネス」記事を転載
祖父の代から宿に埋め込まれた「見えない力」

群馬県みなかみ町・谷川温泉。谷川岳の南麓に抱かれた静謐な渓谷に、全18室すべてに露天風呂を備えた「別邸仙寿庵」は佇む。
別邸仙寿庵の設計を手がけたのは、建築家・羽深隆雄氏。土壁、木、石、和紙を多用し、日本の宿文化を現代建築へと翻訳した空間は、1998年日本建築仕上学会作品賞が贈られている。しかし、別邸仙寿庵の建築が一線を画すのは、目に見える意匠だけではない。玄関の位置は気の流れを読む専門家を招いて決定され、1階フロア周辺の地下には備長炭が約20トン埋設されている。ウェルネススパの床下や壁にも炭が使われ、磁場を調整する「ゼロ磁場」の思想が建物全体に貫かれている。科学的合理性だけでは説明しきれない、”見えない快適性”への追求──それは、日本の旅館文化が長い歴史の中で培ってきた身体感覚からの知恵でもある。
久保氏の父・富雄氏(現会長)は、若き日にバックパッカーとして国内やインドネシアを巡り、見えない力やスピリチュアルな世界に深い関心を持っていた。その精神性が別邸仙寿庵の設計に色濃く反映されている。「ロビーに座ると、なんとなく落ち着くとおっしゃるお客様がいます。それは磁場や気の流れが関係しているのではないかと、私も感じています」と久保氏は語る。
全室から谷川岳と渓流を望む設計、全室露天風呂付きという当時としては先駆的な構造──それらは欧米型のスパウェルネスとは異なる、自然回帰型・感覚回復型のウェルネスが、開業時からこの宿には根づいていたことの証左だ。
アスリートの身体感覚が導いた、チバソムへの道
久保英弘氏もまた、学生時代にバックパッカーとして世界を巡った経験を持つ。
ドイツのバーデンバーデンをはじめとするウェルネスの聖地にも早くから足を運び、その土地ごとの「くつろぎの文化」に触れてきた。加えて、幼少期からスキーに親しみ、高校時代にはジュニアオリンピックにも出場したトップアスリートとして、身体のケアやリカバリーの重要性を肌で知っていた。
その久保氏にとって、チバソムとの出会いには忘れられない記憶がある。2002年のサッカーワールドカップで、デビッド・ベッカム選手が骨折から驚異的な復帰を果たした際、その回復の裏にチバソムでの治療があったと知り、強い印象を受けたという。
旅館経営に「ウェルネス」のコンセプトを実装し始めたのは、4年前、久保氏の母が大腸がんで他界したこともきっかけとなっている。その経験は、病気を治すことよりも、病気にならない心がけや日々の行動こそが大切なのだという実感を深く刻んだ。父とともに「いい旅館をつくりたい」と歩む中で、その思いが「健康経営」という言葉とともにはっきりと意識されるようになったと久保氏は振り返る。「宿としての役目は、お客様がここに来て身体を整え、『明日からまた頑張ろう』と思ってもらえること。まずは従業員の健康があって、その先にお客様へのウェルネスがある。そう確信しています」以来、従業員向けにもお客様向けにも、多種多様なウェルネスの取り組みをスタートさせている。
谷川岳の恵みを纏う──山と水からのウェルネス


別邸仙寿庵が3年前から取り組んできたのは、谷川岳の自然資源を活かしたウェルネスの土台づくりだ。「うちの良さは、やっぱりこの水上の自然環境。水上には様々な人材や資源があるのに、点のままで、線で結ばれていない。ウェルネスを軸に、地域の人のつながりから新しい価値をつくっていきたい」と久保氏は語る。
その言葉を象徴する取り組みの1つが、地元の大工でありアロマオイルの蒸留技術を持つ職人との協業だ。水上エリアの間伐材──奥利根ヒバや柑橘類などから精油を抽出し、月替わりで館内全体の香りを変える。客室、廊下、エレベーターホール、ウェルネススパフロアまで、季節ごとの森の香りが満ちている。
また、トリートメントに使うジェルのベースには、谷川岳の水が使われている。
関東の約8割の水源を擁すると言われるこの地の水も、別邸仙寿庵が大切にしているウェルネス資源である。
チバソムとの提携、3つのウェルネスプラン始動へ

2025年、別邸仙寿庵はチバソムからトレーナーを招き、ヘッドスパなどのトリートメント研修と、ウェルネス哲学について学び、その後、4泊5日のモニターツアーを企画実施し、予防医学の視点を取り入れたプログラムを検証した。
ウェルネスリーダーの棚町伸氏は、今後のプログラム構成についてこう説明する。

「まだ『ウェルネス』の価値認識が浸透していない日本では、最初から4泊5日は敷居が高い。まずは既存のお客様にご自身の健康への気づきの機会をご提供することから、段階的にウェルネスとは何かを体感していただきたいと考えています」2026年7月リリースを予定しているウェルネスプランは3種類ある。
最もカジュアルな1泊プランでは、周波数測定器によるカウンセリングと、水素吸入、血管ケアのセットで「自分の身体を知るきっかけ」を提供する。
2泊プランでは事前のアンケートも行い、アクティブ派にはラフティングや電動バイクでの自然体験を、リラックス派にはトリートメントや朝ヨガを組み合わせる。
そして最上位の4泊プレミアムプランでは、医師による監修のもと、唾液検査やごし方から帰宅後の生活習慣まで踏み込んだ提案を行う。

特徴的なのは、チバソムのプログラムをそのまま導入するのではなく、別邸仙寿庵がこれまで培ってきたウェルネスの基盤の上に、チバソムから学んだ手技のエッセンスを加えている点だ。
大きな投資で施設を一気に変えるのではなく、長く続けられることを大切にする。チバソムとの対話でその方針も確かなものとなった。チバソムの担当者に「なぜウェルネスをやりたいのか」と問われた久保氏が自らの思いを語ると、相手からも同じ言葉が返ってきた。
「『来てよかった』と思ってもらうこと」──思いは、既に国境を越えて共鳴していた。
「また来るね」の先へ──旅館が担うウェルネスの未来

別邸仙寿庵にとってのラグジュアリーとは何か。久保氏の答えは明快だ。
「この自然環境こそが、私たちのラグジュアリーです。谷川岳があり、この環境が守られて、はじめてこの施設がある。

都会にはない風、木々の香り、川のせせらぎ、鳥のさえずり──大自然があるからこそ味わえるこの豊かさが、本当のラグジュアリーなのではないかと思っています」リピーター率7割。常連客との関係はフラットで温かく、スタッフとの世間話を楽しみに来る客もいる。「お客様から『また来るね』と言われることが、私たちにとって最高の言葉です」と久保氏は微笑む。しかし、年を重ねるにつれて来訪の間隔が開いていく常連客の姿を見て、久保氏はこうも考えるようになったという。
「お客様の身体の状態を数値として見える化し、次に来たときに“少し良くなっていますね”とお伝えできるだけでも、宿として新しい価値をお客様に提供できるのではないか。旅館を“くつろぎの場”から“気づきの場”へと進化させて、お客様との長い関係を大切にしていきたいです」谷川岳の自然を守り、水と森の恵みを活かし、チバソムとの提携で世界水準のウェルネスを実装していく。その先に久保氏が描くのは、お客様が訪れるたびに自らの心身の変化に気づき、日常に戻っても健やかに生きる力を得られる──そんな旅館の未来像だ。
別邸仙寿庵の挑戦は、日本の温泉旅館が担い得るウェルネスの可能性を、静かに、力強く照らし始めている。
Interview

久保 英弘 氏(左)
株式会社旅館たにがわ
代表取締役社長
棚町 伸 氏(右)
別邸仙寿庵
ウェルネスリーダー
DATA

- 施設名:別邸仙寿庵(べってい せんじゅあん)
- 所在地:群馬県利根郡みなかみ町谷川614
- 開業:1997 年(本邸にあたる「旅館たにがわ」は1956年創業)
- 設計:羽深隆雄(栴工房設計事務所)/1998 年 日本建築仕上学会作品賞受賞
- 敷地面積:約5万坪(開業時約8,000 坪から拡張)
- 客室:全18 室・8タイプ(全室源泉かけ流し露天風呂付き)
- 付帯施設:ウェルネススパ、サウナ、読書室、瞑想テラス、ほか
- 宿泊料金:1 室2 名利用 約118,800円~(税込・1泊2食付)
※時期・客室タイプにより異なる - 運営:株式会社旅館たにがわ
- URL:https://www.senjyuan.jp/