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ウェルネスが拓く、新しい社会の形

いま、ウェルネスの世界ではかつてない変化が起きています。

毎年開催される「グローバルウェルネスサミット(GWS)」には、世界のリーダーたちが集い、次の10 年を見据えた議論が交わされます。そこから浮かび上がるのは、大きく三つの潮流です。

ひとつ目は、「個からコミュニティへ」。

ウェルネスはもはや、一人で鍛える、癒されるといった個人行動の領域にとどまりません。共通の目的や価値観を持つ人々が集う「場」となりつつあります。地域のプライベートジム、サウナを囲むロウリュウ文化、ハイロックスやスパルタンレースなどの競技系イベントなどがその象徴です。人々がゆるやかにつながり、互いに高め合う。その連帯こそが、現代ウェルネスの新しい魅力です。

二つ目は、「ウェルネス=場の価値」という再定義。

世界的な人材不足の中で、従来のトリートメントによる癒しを体験価値としたスパ中心のビジネスモデルは限界を迎えています。

ニューヨークの「バスハウス(Bath House)」は、入場料を払って“体験を共有する” 場所をつくり、成功を収めています。そこでは静寂よりも、共鳴と会話、そして人とのエネルギー交換が重視される。ウェルネスは「静かな癒し」から、「人が集い交流を生み出す空間」へと進化したのです。

三つ目の潮流は、ライフスタイルサポートとしての新しいビジネスモデルの登場です。

テクノロジーを活用し、人の手を介さずに心身の状態を可視化・改善する仕組みが増えています。ホテル業界では、自己管理を重視するウェルネス愛好層が主要顧客となり、宿泊施設が“地域のクラブ” へと姿を変えています。

ウェルネス経済の主役は、現役世代に

ウェルネスの顧客像も変わりました。かつて理想の顧客は、引退後のシニア層でしたが、いまは社会の中心でGDP を動かす現役世代です。特に、AI やクリエイティブ領域で活躍する Z世代(1990 年代後半〜2010 年代生まれの世代)が、新しいウェルネス消費層として台頭しています。

彼らは多忙で、施設に頻繁に通うことはないかもしれません。しかし、健康投資に対して合理的で、パーソナルトレーニングやコンディショニングのような高付加価値サービスを選びます。結果的に、施設の収益性を安定させる理想的な顧客層となっているのです。

ウェルネスを愛好する人々の特徴は、富裕層である以上に知的好奇心が旺盛であること。彼らは自身の身体だけでなく、心の在り方にも意識的で、サービス提供者への敬意を忘れません。その関係性が、従業員のモチベーションを高め、離職率の低下につながり、ウェルネス事業が成長していく。ウェルネスは経済的にも「善循環」を生み出す社会資本なのです。

ウェルネスホテルが、地域コミュニティのハブに

ウェルネスの体験価値を訴求するホテルの在り方も変わりつつあります。

世界のウェルネスホスピタリティをリードする、シックスセンシズホテルリゾートCEO のニール・ジェイコブス氏は、「ホテルの収益は、客室よりもクラブ運営が中心になりつつあります」と語っています。ニューヨークでは、高級レジデンスに居住する人が、同じ建物内のウェルネスクラブを利用し、ホテルブランドが地域住民やテナントとして入居するオフィスで働く人たちとをつなぐ「コンシェルジュ的存在」となっています。

マリオットグループのラグジュアリーブランド「The EDITION」や、ナチュラルラグジュアリーホテルとして知られる「1 Hotels」のロビーでは、宿泊客だけでなく地元の人々が集い、ヴィーガンフードを楽しむ姿が見られます。

ホテルロビーは“過ごす場所” から“交流の場” へ――。これは、ウェルネスが「静けさ」や「ご褒美」から、「コミュニティ」や「共創」へと進化した象徴です。

アーバンウェルネスとロンジェビティ(健康寿命)

近年、都市型ウェルネス「アーバンウェルネス」も急速に広がっています。

かつてセドナやバリ島のようなリゾート地で展開されてきたウェルネスが、ニューヨークやロンドンの街中に移ってきた。それとともに、再生医療やバイオハッキングが富裕層の新たな関心領域として市場が顕在化してきています。

同時に、「ロンジェビティ(健康長寿)」の考え方が世界的に定着しています。

病気になってから治療するのではなく、病気にならない生き方を選ぶ。先進的なウェルネス情報に敏感で、そこに投資できる資産を持つ人が長生きできるという、健康寿命格差も生まれつつあります。中国茶や霊芝のような自然素材が高値で取引されていたり、サプリメント市場ではNMN やプロバイオティクス関連が伸び、ワインの代わりに中国茶のティーセレモニーを楽しむ超富裕層も増えています。

心を整え、免疫を高めるウェルネスも、アーバンウェルネスの革新と進化のなかで、注目される領域となってきています。

日本のウェルネスの、課題と可能性

ウェルネス市場が世界的に拡大している一方で、日本のウェルネスやホスピタリティビジネスの現状には課題もあります。

海外の旅行者が、日本旅館で夕食に振る舞われる大量の料理に戸惑うように、日本の旅館やホテルでの「おもてなし」と、ウェルネスに投資意欲の高い富裕層にとっての「ホスピタリティ」との間に、感覚のずれが存在します。「美味しいものを少しだけ」というミニマルな美学こそ、これからのウェルネスホスピタリティには不可欠です。

また、国内フィットネス施設の多くは、トレーニングマシンが並ぶ無機質なつくりで、個人が黙々とトレーニングするスタイルが主流です。しかし、世界のウェルネスとしてのフィットネスシーンでは、空間デザインそのものが価値になっています。日本も、“滞在したくなる空間” への進化が求められています。

とはいえ希望もあります。コロナ禍以降、日本でも自己投資に時間とお金を使う男性が増え、ホテルオークラではスパ利用者の半数が男性というデータもあります。ジャヌ東京やシックスセンシズ京都など、最新ウェルネスホテルの開業が続き、福岡ではリッツ・カールトンを拠点に若手起業家が交流する新しい動きも生まれています。

日本のウェルネスは、今まさに次のフェーズに向かっていると言えます。

ウェルネスとは贅沢でも流行でもありません。それは、生き方の哲学とも言えるものです。心と体、そして社会の調和をどう取り戻すか。その問いに日本のウェルネス事業者がどのように応えていくかが、これからの日本のウェルネスビジネスの鍵を握ります。

自然と文化に恵まれた日本には、世界に発信できる独自の美意識と智恵があります。

「調和の中にウェルビーイングが宿る」――自然と人と調和して健やかに生きる日本の美意識こそ、ウェルネスの未来であり、日本が世界のウェルネスビジネスを牽引する力になれる可能性を秘めていると言えるのです。(談)

Interview

相馬順子氏

Global Wellness Summit理事
株式会社Conceptasia 代表取締役
CA ホールディングス 代表取締役