温泉、長寿の知恵、四季の自然、静寂——足元に豊富にある日本の資産が、世界水準のラグジュアリーウェルネスになる。
『Wellness Business』通巻3号(2026年5月25日発刊号)第2特集記事を転載
◎識者Interview
地域の自然環境と結びついた、スポーツ軸の「体験型ウェルネス」へ

ボストン コンサルティング グループ出身の戦略コンサルタントとして、マンダリン オリエンタルやパレスホテル東京など名だたるラグジュアリーホテルのスパ開業を手がけてきたコンセプトアジア代表の相馬順子氏。超富裕層インバウンドの動向を間近で見つめる同氏がいま感じているのは、「ホテルの中で完結するスパ」の終焉と、地域の自然・食・文化を丸ごと体験する新しいウェルネスの胎動だ。
「お客様は誰か」を決めなければ、メニューすら出せない
相馬氏が最近手がけた超ラグジュアリーブランドホテルのリサーチでは、「超富裕層の外国人旅行者」、「日本へ頻繁に出張するエグゼクティブ層」、「ハイエンド・インバウンドを受け入れる事業者」の3グループに徹底的なグループインタビューを実施した。そこで鮮明になったのが、ターゲットによるニーズの決定的な違いだ。東京のラグジュアリーホテルスパでは2時間5万円のパッケージが「リーズナブル」と言われる一方、日本人顧客はほぼ来なくなり、あるスキーリゾートではインバウンド比率が98%に達した。もはや「誰のためのスパか」を明確にしなければ、メニュー1つ組み立てられない時代に入っている。
ホテルの囲い込みから、地域まるごとウェルネスへ
インタビューで浮かび上がったもう1つの変化は、ホテル内完結型スパへの関心の低下だ。特にヨーロッパからの超富裕層は、九州の茶畑を訪ねてオーガニック茶を味わうような「探求型ウェルネス」を求め、繰り返し日本を訪れるリピーターほど京都の混雑を避けて長崎や野沢温泉といった地方へ分散し始めている。野沢温泉では、街に点在する外湯を巡り、地元の寿司屋や居酒屋で食事を楽しむスタイルが外国人の間で人気を集めている。ニセコや白馬では、現地に根づいた外国人コーディネーターがラフティングやトレッキングなど四季のプログラムを開発し、冬以外の需要を掘り起こすことに成功した。ホテルの外に広がる地域資源こそが、ウェルネスの舞台になりつつある。
自然環境と結びついた体験型ウェルネスに注目
相馬氏がいま注目するのは、スポーツを軸にしたウェルネスプログラムだ。著名アスリートを招いたキッズ向けアカデミーキャンプに、フィジオセラピストによるコンディショニングを組み合わせるプランが動き始めている。家族で滞在し、子どもはキャンプ、親はその土地ならではの体験を楽しむ——安全で食も魅力的な日本は、その受け皿として大きなポテンシャルを持つ。
中途半端な価格帯のスパが苦戦するなか、地域のスポーツ資源や自然環境と結びついた体験型ウェルネスこそが、日本のラグジュアリーウェルネスの次なるフロンティアだと相馬氏は注目している。
Interview

相馬順子(そうま・よりこ)氏
コンセプトアジア 代表取締役/ウェルネスコンサルタント
ボストン コンサルティング グループを経て1994 年に独立。2002 年よりスパ産業に本格参入し、マンダリンオリエンタル東京、パレスホテル東京、ホテルオークラなど国内外のラグジュアリーホテルのスパ開発を手がける。INSEAD 国際経営ディプロマ、コーネル大学スパ投資・開発講座修了。Wellness 業界のダボス会議とも言われているGlobal Wellness Summit のボードメンバーを2018年から務めている。
温泉、睡眠、おもてなし——日本のウェルネスを世界へ

フランスの植物療法スパブランド「YON-KA」の日本展開を個人で切り拓き、ラグジュアリーホテルのスパ開業コンサルティングからセラピスト育成まで20年以上にわたりスパ&ウェルネスの現場を動かしてきた武藤興子氏。海外の最先端施設を自らの足で体感してきた同氏がいま見つめるのは、施設で完結する「非日常」のスパから、暮らしに溶け込む「日常」のウェルネスへという大きな潮流の転換点だ。
ラグジュアリースパから、日常のウェルネスへ
2000年代初頭、外資系ラグジュアリーホテルにスパブランドが次々と上陸した「スパブーム」を間近で見てきた武藤氏は、その後の変化を明確にとらえている。グローバルスパサミットがグローバルウェルネスサミットへと名称を変え、チバソムのような滞在型スパは自らを「ウェルネスリゾート」と再定義し始めた。ウェルネス特化型のラグジュアリーリゾートブランド、シックスセンシズはレジデンスを展開し、リゾートで受けるプログラムを「住みながら健康になる」日常へと接続する。ウェルネスの本質は、施設での非日常体験から、ウェルビーイングな状態へ自ら導く日常的な行動へと広がっている。それはラグジュアリーホテルにとって、長期滞在の促進、季節に左右されないリピート率の向上、そしてパーソナライズによるエンゲージメントの深化という、確かなビジネスチャンスでもある。
「温泉」をラグジュアリーウェルネス資源にする方法
武藤氏が日本の注目事例として挙げるのが、自身も開業コンサルティングに携わったHOTEL THE MITSUI KYOTO のスパだ。外資系ラグジュアリーホテルがひしめく京都にあって、フォーブスの星を取り続け、他ホテル宿泊客がわざわざ足を運ぶほどの存在感を放つ。
その強さのカギは、地下空間の「静謐を称える」というコンセプト、天然温泉を活かしたサーマルスプリング、プライベート温泉など、西洋のシステム化されたスパ運営と日本の温泉文化・きめ細やかなおもてなしを融合させた独自の体験設計にある。単なるスパ施術にとどまらず、温泉という日本固有の資源をラグジュアリーの文脈で昇華させた好例だ。
睡眠・リカバリー、そして「日本発」の発信へ武藤氏がいま最も勢いを感じているのが、睡眠とリカバリーの領域だ。2026年3月に麻布台ヒルズで開催されたスリープコミュニティイベントでは、自社が出展した睡眠の質を高めるトリートメント体験が即満席となり、参加者の半数が男性だった。科学的根拠に基づくウェルネスへの関心は急速に高まり、計測デバイスやバイオハッキングといったテクノロジーと、植物療法や温泉などの自然療法を掛け合わせたアプローチが主流になりつつある。
海外事例をそのまま取り入れる時代から、日本から世界へとウェルネスを発信する段階に来ている」と武藤氏は語る。温泉、発酵、禅、おもてなしの個別化——日本が本来持つ資産を、ウェルネスという文脈で世界に届ける時が来ている。
Interview

武藤興子(むとう・きょうこ)氏
ヴィセラ・ジャパン株式会社 代表取締役/スパ&ウェルネスコンサルタント
建設、IT、官公庁、化粧品メーカーと多様な業界を経験後、フランスのスパブランド「YON-KA」日本独占販売権を個人で獲得。直営店「レスパスヨンカ表参道」を国内外のスパアワード1位に複数回導く。ラグジュアリーホテルのスパ開業コンサルティングやプロデュースを多数手がける。温泉利用指導者資格保有。
「長寿の知恵」こそ、日本が世界に届けるラグジュアリーウェルネス

株式会社The Day Spa代表としてラグジュアリーホテルのスパ開発・運営を手がけ、グローバルウェルネス業界の最前線に立つ河﨑多恵氏。海外の投資家やホテルオペレーターが「ウェルネス」を叫ぶ今、日本人コンサルタントだからこそ見える風景があるという。テクノロジーでもトレンドでもなく、日本の暮らしの中に脈々と受け継がれてきた”長寿の知恵”にこそ、世界が求める真のラグジュアリーがある。
誰に、どんな価値=ラグジュアリーを届けるのか
ラグジュアリーウェルネスという言葉が業界を席巻しているが、河﨑氏はまず「誰が、どこで、何を求めているのか」を峻別すべきだと指摘する。出張先の都市型ホテルで時差ボケをリセットしたいビジネストラベラーと、リゾートで開放的な体験を求める旅行者では、価値を感じる「ウェルネス」がまったく異なる。東京のラグジュアリーホテルでは施術単価が1時間3万円後半〜4万円に達する一方、深刻なセラピスト不足や、施設コンセプトがゲストに伝わりにくいという課題も抱えている。「60分いくらのマッサージ」で終わらせないために、ウェルネス体験の中にどう価値を織り込むかを、顧客のニーズに合わせて再定義する必要がある。
世界で話題の「ロンジェビティ」は、日本の足元にある
河﨑氏の目は、ホテルスパの枠を超えた先を見ている。注目するのは、岐阜県安八町のようにフレイル予防のまちづくりで要介護認定率を全国平均より大幅に下げている自治体の取り組みだ。
地場の食材、無理のない日常の運動、世代を超えた人のつながり——それはまさに世界的に注目される健康長寿「ロンジェビティ」の要素そのものだ。「日本のおじいちゃん、おばあちゃんたちは、意識せずにもうやっている。それを見て、聞いて、体験することが、本当のラグジュアリーかもしれない」と河﨑氏は語る。
「アナログ×テクノロジー」の可能性
その実践の場の1つが、河﨑氏が運営に携わる赤倉観光ホテル(新潟県妙高市)のスパだ。セラピストが自ら摘んだよもぎやセージを焚く「アースロッジ」での儀式から始まるシグネチャープログラムは高いリピート率を誇り、四季の自然を取り込んだメニューを定期的に刷新する。数年後には同エリアにシックスセンシズの進出も控え、妙高高原は国際的な注目を集め始めている。
テクノロジーとアナログの最適なバランスを探りながら、日本の風土に根ざした体験価値を世界水準で発信していくこと——それが河﨑氏の描く、日本発ラグジュアリーウェルネスの未来像だ。
Interview

河﨑多恵(かわさき・たえ)氏
株式会社The Day Spa 代表取締役/スパコンサルタント
カリフォルニアの大学でビジネス経済を専攻後、台湾留学中にアメリカ系スパ化粧品会社でスパ運営を学ぶ。
帰国後、The Day Spaを設立し、ラグジュアリーホテルのスパプロジェクトを多数手がける。Global Wellness Day Ambassado(r Japan)。