2013年、世界で初めてWELL認証を取得したCBREは、以来10年以上にわたり、グローバルに健康的なオフィス環境の構築を推進してきた。東京本社オフィスでは、光・音・空調の徹底した最適化、日本独自の仮眠室の設置、ABWによる多様な働き方の実現など、WELL認証の基準に基づいた環境整備を進めている。人への投資をコストではなく戦略的投資と位置づけ、従業員のエンゲージメント向上と生産性向上を両立させる同社の取り組みは、コーポレートウェルネスの先進事例として注目される。
WELL認証のパイオニアとしての歩み

2013年、米国・ロサンゼルスのCBREグローバル本社(現本社:米国・ダラス)が、世界で初めてWELL認証を取得した。以来10年以上にわたり、世界の主要拠点でWELL認証を取得するという全社方針のもと、グローバルに健康的なオフィス環境の構築を推進している。シンガポール、上海、そして日本。各拠点がそれぞれの地域特性を活かしながら、WELL認証の基準に沿った職場環境を実現してきた。

CBREでは、「ワークプレイス360」というグローバルガイドラインを策定している。これは「ワンフィット・オール(一律的な解決策)はない」という考えのもと、各拠点がそれぞれの働きやすさや地域特性を考慮しながら、独自の環境づくりを進めることを推奨するものだ。光・音・空調などの環境整備、ABW(Activity Based Working)の導入、部門の垣根を越えた協働といったベースラインはあるものの、具体的な施策は各拠点に委ねられている。
日本オフィスでも、ロサンゼルス本社がWELL認証を取得した時の内容をそのまま踏襲するのではなく、日本独自の課題や文化に合わせた取り組みを一つひとつ検討してきた。同社でWELL認証の取り組みを牽引するワークプレイスチームの遠矢敏靖氏はこう話す。
「WELL認証を取得する意義は、単なる認証取得そのものではありません。人材投資による、価値創造が重要な視点となります」
少子高齢化が進む日本において、優秀な人材の獲得競争は激化の一途を辿っている。そうした中で、従業員が働いて楽しめる、内発的にモチベーションが高まる環境を整えることが、企業の競争力を左右する。
WELL認証が掲げる「身体的、精神的、社会的な健康」という包括的なアプローチは、まさにこうした企業課題に応える解決策となる。
光・音・空調――環境の質が生産性を決める

「Idea Lab」と名づけられた執務空間は、自然光と緑を取り込み、発想を促す開放的な環境。

大規模なリノベーション工事を経て、2024年1月にリニューアルオープンしたCBREの東京本社オフィスでは、WELL認証の基準に基づき、光、音、空調という3つの環境要素を徹底的に最適化している。
外光の差し込み具合を計測し、オフィス内部までどの程度自然光が届いているかを面積比率で評価する。会議室の反響率は実測値で測定し、音が反響しないよう吸音材を壁面全体に施工。これらは従業員の多くが気づかない配慮だが、確実に働きやすさを向上させている。
また、時間帯に応じて照明の色温度と照度を自動調整する「サーカディアン照明」を導入。朝は暗めに設定し、昼間は明るく、夕方になるにつれて暗くするという、人間の生体リズムに沿った照明制御を行っている。従業員の多くはこうした変化に気づかないが、無意識のうちに心地よく感じているのだという。
空調については、特に個室の換気率を重視している。会議室などの密閉空間で適切に空調が循環しているかを実測値で確認し、酸素濃度や二酸化炭素濃度を測定しながら改善を重ねている。
こうした照明や空調環境は、室内に設置されたセンサーが感知し、自動的にコントロールするテクノロジーが活用されている。
日本独自の挑戦――仮眠を勧めるオフィス
CBREの東京本社オフィスには、他の拠点にはない独自の取り組みがある。それが「ちょっと寝ルーム」と名づけられた仮眠室だ。

「日本は主要国の中で圧倒的に睡眠が足りていない国です。出社して働きに来ているのに『寝てください』というメッセージを出すことは、非常に面白いコンセプトだと考えました」(遠矢氏)
この仮眠室には、寝具メーカーの西川と共同開発した、仮眠に最適化した個室型ブースが日本で初めて導入されている。「短時間のリフレッシュと集中回復」をコンセプトに、西川の睡眠科学研究所長年研究してきた知見に基づき設計されたこのブースは、絶妙な角度の仮眠用ベッドと、光、音、香りが連動して、15分での入眠から目覚めまでをサポートする。睡眠の深さもフェーズ2までにとどめ、目覚めの悪さや作業効率の低下を防ぐ仕組みだ。
アプリで予約して個室に入ると、暗くなる照明と香りがリラックスを促し、ベッドに身体を預けるだけで眠りに誘われる。15分が近づくと、徐々に白色の照明が明るくなり、朝日に相応する照度と、心地よい音により覚醒が促される。
この最適な仮眠がとれる個室型ブースが3室置かれた「ちょっと寝ルーム」は、執務室が広がる21階から離れた17階の目立たない場所に配置され、従業員が人目を気にせず利用できる配慮がなされている。
ABWから進化する、ウェルネスを軸にした働き方

2014年の丸の内への本社移転以降、CBREはフリーアドレスを進化させた「ABW(Activity Based Working)」を導入・発展させてきている。単に同じ島型のデスクにある席を自由に選べるだけでなく、働く環境も選べるという考え方だ。120度見渡せるデスクで広々と作業したい人、パーティションで視線を遮られた方が集中できる人。音楽が流れるカフェのような空間、会話も飲食も禁止のフォーカスエリア。「場所の選択制に加えて、音の選択制もあることが特長です」と遠矢氏。
CBREでは、さらにWELL認証への取り組みで、一人ひとりが健康に働ける環境が選べる働き方を実践している。
すべての席にはエルゴノミックチェア(人間工学に基づいた椅子)が配置されている。骨盤や座高などに合わせて調整ができることに加えて、椅子のサイズもSサイズとMサイズを用意し、外国人メンバーの体格にも配慮。また、全体の25%のデスクが上下昇降式だが、これは立って作業するためだけでなく、身長差に応じて机の高さを調整し、最適な作業姿勢を実現するためだ。
「ポイントは、足が90度でしっかり床につき、そのうえで肘をひじ掛けに載せた状態で体勢をまっすぐに維持でき、ほとんどの重心を椅子にかけて作業ができることです。これを全員に実現しようとすると、細かい調整が必要になるので、エルゴノミックチェアと上下昇降式の机を積極的に導入しました」(遠矢氏)
また、WELL認証の基準には「緑視率」という項目もある。プラチナレベルでは各ビューポイントからの視界に30%以上、緑が入ることが求められる。CBREが入居する丸の内の明治安田生命ビルは、目の前に皇居があり、大きな窓から皇居の緑が広がって見える。
17階、18階、21階という高さも、皇居の緑を望むのに最適で、こうした立地や階数もWELL認証にプラスになっているという。

そのほか、「ライズカフェ」は、イベントやアクティビティなども開催できる解放感と躍動感のあるエリアだが、ここでも仕事や商談、打ち合わせができる。
このように、デスクの形や位置、音環境、照明環境、椅子の種類、空間の大きさなどを掛け合わせると、何千通りもの組み合わせになる。多様性のあるオフィス環境で、個人それぞれの体調やその日の気分に合わせて、自分にとって心地よい状態でいられることが、本当の意味でのウェルネス環境になると遠矢氏は説明する。
ソフト面の取り組み――人と人のつながりを生む

「ファミリー&フレンズデー」では、オフィス全体を遊園地のように演出し、家族や友人も招待。
ハード面の環境整備と同様に重要なのが、ソフト面の取り組みだ。日本でもオフィスで人の交流が促されるレイアウトや施策をとる企業が増えているが、CBREでは、マーケティング・コミュニケーションのイベントチームが、年間365日のイベントを企画・運営して、本質的な人の交流と、繋がりを感じられる機会を創出している。毎月のハッピーアワー、社内講座、部署間交流を促すイベントなど、多彩なプログラムが用意されている。
中でも特徴的なのが、年末に実施される恒例チャリティーイベント「ギフトプロジェクト」だ。毎年、各部門と全国の営業拠点が独自の企画で募金活動を行い、養護施設をはじめとする全国10カ所の支援先に寄付を行う。募金活動は多岐にわたり、チャリティーイントロクイズ大会、Zumbaレッスン、社内栽培ハーブを使ったドリンク販売、イラストが得意な社員によるペットのイラスト作成など、趣向を凝らしたユニークなものが多い。社会貢献と社内交流を同時に実現するこの取り組みは、10年以上続いている。
またファミリー&フレンズデーでは、毎年テーマを変えながら、オフィス全体を遊園地のように演出。
テーマに合わせた食べ物や、子どもから大人まで楽しめる体験型コンテンツなど、家族や友人と楽しめる企画を用意している。参加者からは「子供が将来はCBREで働きたいと言っていた」「家族が会社や自分の仕事について興味を持つきっかけになった」などの声も寄せられ、こうした体験が、従業者のエンゲージメントを高めることに繋がっている。

WELL認証が引き出す、組織のポテンシャルと生産性
WELL認証の経済効果については、海外において離職率の低下や医療費削減といった定量的な成果が数多く報告されている。一方でCBREの事例が示しているのは、そうしたコスト削減効果にとどまらない、より前向きな価値、すなわち「アウトプットの質」の向上である。
その効果は、とりわけ顧客との関係性において顕著に表れている。WELL認証に基づき実現した「顧客を招きたくなる、顧客自身が訪れたくなる空間」は、商談の質そのものを変えつつある。顧客が自ら足を運びたくなる環境は、それ自体が企業のブランド力を体現し、商談の場における心理的な優位性と深い信頼感を醸成する。これは単なる移動時間の削減といった効率化の次元を超え、営業活動における「勝率」を高める要因となっている。
また、組織内部においても、WELL認証が設計する「意図された偶発性」が確かな成果を生み出している。
心理的安全性と快適性が担保された空間では、部門の垣根を越えた対話が自然に生まれる。こうした「縦割り」の解消は、多角的な視点によるソリューション開発を促進し、部門間連携による案件獲得比率の向上という形で、明確な数字として表れている。心身ともに満たされた環境こそが、創造的なコラボレーションと高い業績を生み出す土壌となっていることが、この事例から読み取れる。
人への投資で企業価値を高め、グローバルな競争力を

日本では、健康経営に取り組む企業が増えているが、WELL認証の視点から見ると、取り組みが限定的なケースも多いと遠矢氏は指摘する。ホワイト企業を標榜し、対外的にPRしているものの、企業イメージアップによる採用コストの低減が重視され、企業の付加価値を生み出す取り組みが不足している場合も少なくない。
「人への投資をコストと捉えるのではなく、投資と考える。優秀な人材を獲得し、その人材が価値を生み出し、企業が成長する。このスパイラルを作ることが重要です。きれいでスタイリッシュなオフィスだけでは不十分です。従業員一人ひとりが快適な環境を見つけてパフォーマンスを発揮し、エンゲージメント高く働けることで、企業全体のパフォーマンスも高まる。そのための具体的な指針がWELL認証であり、相応の投資対効果が見込めます」
CBREでは、WELL認証の国際サミットでの講演や、パナソニックとの協業によるホワイトペーパーの作成など、WELL認証やウェルビーイングオフィス開発の普及活動にも力を入れている。
本田技研工業の大阪のソフトウェア開発拠点「Honda Software Studio Osaka(ホンダソフトウェアスタジオ大阪)」の開設において、WELL認証取得を全面的にサポート。AIの分野におけるプロフェッショナル人材の確保という人材戦略と意識改革もサポートし、生産性向上のための環境づくりを支援している。
世界初のWELL認証企業として10年以上の実践を重ねてきたCBRE。その経験が示すのは、コーポレートウェルネスとは単なる福利厚生ではなく、企業の競争力を左右する戦略的投資であるという事実だ。日本企業がこの視点を獲得したとき、真のウェルビーイング時代が到来し、グローバルな競争力を高めることが期待される。
DATA
・名称:シービーアールイー株式会社(CBRE) 東京本社
・所在地:東京都千代田区丸の内二丁目1番1号
・明治安田生命ビル 21階(東京本社)
・設立:1970年(昭和45 年)2月21日
2024年1月に大規模リニューアル
・面積:1,512坪
・設計/ワークプレイスコンサルティング/プロジェクトマネジメント:CBRE、ターナー&タウンゼント(Turner &Townsend)
・設計協力:designFreak、AURORA
・施工:竹中工務店、丹青社
・認証:2024年7月1日WELL v2プラチナ
Interview

遠矢敏靖氏
アドバイザリーサービス
ワークプレイスストラテジー
アソシエイトディレクター