外資系ラグジュアリーホテルの日本進出が相次ぐなか、日本でも、ホテルスパがウェルネスコンセプトで進化しはじめている。国内外のホテルスパやレジデンススパのコンサルティングに携わる武藤興子氏に、ウェルネス×〇〇で見えてくる、スパの可能性について提言いただく連載シリーズ。
第2回目は、アートや光、音、空間デザインなどの感性領域をウェルネスと融合させ、スパ体験を「癒し」から「気づき」へと進化させる新潮流について。自身の体験をもとに、武藤興子氏が“ウェルネス×アート”が導くスパの未来を語る。

ウェルネスコンセプトが、近隣リピーターと、長期滞在ツーリストを惹きつける
かつてスパの体験価値といえば、「癒される」「非日常を味わう」ことが主軸だった。しかし今、ウェルネス市場は急速に拡張し、求められる体験は「気づき」「変化」「持ち帰れる学び」へと進化している。
背景にあるのは、心身の健康だけでなく、知的好奇心を満たす体験や感情の開放・充足感を重視する潮流だ。単に身体を休める場所ではなく、自分の感覚や価値観を見つめ直す内省の場」、そして普段の生活の中とは違ったある意味の刺激「活性の場」としてのスパが求められている。武藤興子氏はこう語る。
「これからのスパは感情を動かし、満たす場所であるべきです。アートや音楽、光、香り、空間を通して、ゲスト自身が『気づく』体験を設計する。そこにウェルネスとアートの本質的な共通点があります」
スパ・エステ・温浴──境界が薄れる時代に求められる「体験の差別化」
20年前、日本で「スパ」という言葉は広く浸透しておらず、しばしば「エステ」や「温浴」の一形態として理解されていた。
現在「スパ」はトリートメントに留まらず、運動・瞑想・食・水のケアまでを統合するホリスティックウェルネスへと進化している。
一方で、スパ・エステ・温浴の境界は曖昧になり、運営現場でも混同が生じがちだ。武藤氏は違いをこう整理する。
「日本でいう『エステ』は、もともと人や機械による施術で美顔や痩身など“成果志向” の体験価値。一方『温浴』は、温泉やサウナなどの設備によるリラックスやデトックスが目的です。『スパ』はその中間にあるというより、むしろこの二つも含んだ多角的なアプローチと包括的なケアで心身の回復や再生を目指すことが本質的な体験価値となります。
世界のホテルでは、アートをウェルネスの軸の一つに据える動きが加速している。感性領域への刺激を統合することが、新たな体験価値の土台となるからだ。武藤氏は「スパの体験は“癒される” から“気づく” へ。アートを通じて自分の状態を知り、体験が、ウェルネスの体験価値を相乗的に高める」と続ける。
ウェルネスにおけるアートの役割

武藤氏は、海外出張のたびに美術館へ通う中で、同じ作品でもその日の心身の状態によって感じ方が変わることに気づいたという。
「アートは、その瞬間の自身の状態、体調や気分によって受け取り方が変化する“可変的な体験” です。静かに作品と向き合うだけで、涙が溢れる日もあれば、生命力が湧き上がる日もある。アートは、デトックスにも再生にもつながる――そう確信しました」そして、アートのもう一つの良さは、同じ作品に触れても、人によって受け取り方が全く異なる。それが自然なことであり、まさしくウェルネスの1要素だと言えます。
この実感から生まれたのが、武藤氏が温める「ミュージアムスパ」構想だ。光と影、曲線と直線、無機と有機のバランスを緻密に設計し、滞在そのものがデトックスとリカバリーへ導かれる環境を目指す。コンセプトは「心身と感性のバランスが整う空間」。アートとウェルネスを統合した、新しいスパ体験のかたちを提示する。
光と揺らぎがつくる“いるだけで整う” 空間

「床の上に立っているだけで上下の感覚が曖昧になり、浮遊感と没入感に包まれる。時間を忘れて見入ってしまうこの体験こそウェルネス」(武藤氏)
デジタルアートの進化は、スパデザインにも新しい可能性をひらく。一方で、過度に強い光や画面中心の演出は、ウェルネス空間では刺激が確定的になり過ぎる懸念がある。

そこで武藤氏は、柔らかな光や揺らぎ、色の変化を取り入れ、小規模空間でも深い没入感と浮遊感を生む設計に注力する。
実際、アーティストの穴井佑樹氏の作品を体験した後、照度や波長を細やかに調整する実験なども始まっている。視覚・聴覚・触覚・体性感覚を統合的に刺激することで、心身の緊張が自然に解け、時間の感覚すら変化していく――。これこそ「空間そのものがセラピーになりえる」という思想の体現だ。スパはもはやトリートメントの場に留まらず、建築・アート・科学が融合した“感覚の再生装置” へと進化しつつある。
“ウェルネス×アート”が描く、スパの未来
従来のウェルネスは高級ホテルのスパ「高価=ラグジュアリー」と捉えられがちだったが、いま高感度層が求めるのは価格やブランドだけではなく、「変容」や「気づき」といった体験の質である。ウェルネスとアートの融合は、心の振動や感性の再起動を提供する“新しいラグジュアリー” そのものだ。そして同時に、こうした体験をいかに日常へ橋渡しをするかの設計も欠かせないと武藤氏はいう。

「特に、日本で今後スパやウェルネスの市場を成長させるうえでは、施設での特別な体験×日常生活に取り入れられるウェルネスをいかに繋いでいくか、その仕組みづくりも重要です。そうすることで利用者のウェルネス増進はもちろん、施設側としても定期的なリピートや来館頻度アップの鍵になり、ウェルネスの裾野を広げ、需要の拡大にも繋がります」
アートとウェルネスの融合は、まだ発展途上にある。だが、そこにはスパの未来がある。
アートを通して心が揺さぶられ、思考が整い、感情が再生される――そんな唯一無二の体験を提供できるスパが、次の市場をリードしていくのではないか。
Interview

武藤興子(むとう・きょうこ)氏
ヴィセラ・ジャパン株式会社 代表取締役
大学卒業後、多国で他業種を経験後、植物療法・治療目的の製品開発を原点とするフランスのスパブランド「YON-KA(ヨンカ) 」と出会う。日本における独占販売権と世界ではじめてブランドの名を冠した直営店の運営権を獲得。2004年にスパ&ウェルネスに特化したヴィセラ・ジャパン株式会社を創業。現在は、スパ業態発展のためのコンサルティングやアドバイザリーなど幅広く活躍している。数々の受賞歴を持ち、世界の スパアワード「ワールドラグジュアリースパアワード」で、アジアのシティスパ部門で1位を獲得。「温泉利用指導者」資格を有し、温泉を利用したスパ・プログラム構築も得意とする。