人口約13,000 人の三重県多気町に、年間300 万人が訪れる、癒しと食をテーマにした複合リゾート『VISON [ ヴィソン]』 がある。その開発を手掛けた株式会社アクアイグニスがプロデュースする全国各地のプロジェクトは、まさに「ウェルネスが活きる地方創生」モデルとして注目される。
「温浴」による癒しと、著名シェフとのコラボレーションによる「美食」、地域の資源を活かした商業施設と宿泊施設による「地方創生」。地域の自然とも融合する複合施設の開発により、過疎化が進むまちに、ウェルネスリゾートを誕生させ、新たな経済循環の創出に繋げている。
日本における「ウェルネスが活きる地方創生」を実現する複合リゾート開発の要諦について、株式会社アクアイグニスの立花哲也氏に話を訊いた。
◆『Wellness Business』0号(2025年7月25日発刊号)掲載記事を転載
ウェルネス&サステナブルな地方創生を実現する3つの要因

「地方創生」をコンセプトに、複合リゾート開発を進める株式会社アクアイグニス。2012年の「アクアイグニス片岡温泉」に始まり、2020年開業の「湯の山素粋居」、2021年には「VISON」を開業。3タイプの開発モデルが揃い、全国の首長から寄せられるオファーに応えて、現在、地方自治体13のプロジェクトが進行中だ。
「そこにしかない」地域の資源を活かすことにこだわり、施設開発から運営に至るまで、その土地にゆかりのある人や企業とプロジェクトを進める開発スタイルは、同社社長の立花哲也氏の真骨頂。自身が、何度も現地を訪れ、その地の人と会い、その地の魅力を惹き出していく。
立花氏が手がける複合リゾート開発におけるKFSとして挙げられるのが、「温浴と美食の融合」、「地域資源の活用」、「地元行政と企業との協業」である。その土地の資源と魅力を最大限に生かす複合リゾートをデザインし、「そこでしか味わえない」高い体験価値を実現していく。
「温泉」について、開発地に温泉がない場合には、新規に掘削することを計画に入れる。温泉の掘削が環境的に難しい場合は、「薬草風呂」など、土地にゆかりのある方法で温浴施設を開発していく。

「美食」については、辻口博啓氏(世界トップパティシエ)や奥田政行氏(イタリアンシェフ)、笠原将弘氏(和食シェフ)をはじめ、著名シェフとタッグを組み、地産地消、季節に合わせた食材を活かしたメニューを開発するとともに、開発地の出身で国内外で活躍しているシェフを探しては協力を仰ぎ、地域密着でありながら高級感も訴求することで、複合リゾート全体の付加価値を向上させている。
「地域資源の活用」については、地元の農家や漁師をはじめとした生産者の事業参画を仰ぎ、複合リゾート内のレストランやマルシェを構成していく。地域の生産者が、獲れたての食材を活かしたメニューをふるまう飲食店や、地元特産品を販売する店舗などを、立花氏が建築設計からデザインし、地域の生産者や事業者に出店を打診する。その建築資材やインテリアにも、地域で採れる木材や石、地元メーカーの家具などを活用し、見渡す限り手つかずの自然や空気も活かして「ここでしか体験できない特別感」を味わえる空間をデザインし、地元職人やアーティストと協業しながらそれを実現していく。
立花氏は、学生時代に美大への進学を目指し、建築業で起業した経歴を持つ。その経験を、複合リゾートの全体デザインに活かしている。
そして、その立花氏が描くビジネスデザインを実現するうえで必要となるのが「地元行政と企業の協業」である。
アクアイグニスでは、自治体が所有する土地を活用したリゾート開発を中心に手掛けているが、その開発スキームは、「土地所有型ディレクションリーシング方式」とよべる独自の方式をとっている。
従来、自治体が保有する土地での商業施設の開発は、PFIやPPPなど、民間企業が定期借地契約のもとに、20~30年の単位でビジネスモデルが構築されることが一般的である。だが、立花氏はアクアイグニスでの開発においては「土地を取得すること」を重視する。
複合リゾート開発による地方創生を実現していくうえで、100年後までを視野にいれたビジネスモデルを志向しているからだ。出店を依頼する地元企業のなかには、100年以上の歴史を持つ企業もある。アクアイグニスが土地を取得して、集客力やリピート力が期待できる全体コンセプトと施設デザインをディレクションし、地元企業の経営・運営負担を極力軽減した契約で、リゾート全体で共存・共栄できるサステナブルなビジネススキームを構築している。

新規掘削し、掘削が難しい場合でも、「薬草風呂」など土地にゆかりのある方法で温浴施設を開発
土地の取得にあたっては、資金調達が必要となるが、アクアイグニスの場合、最初に手がけた「片岡温泉」が立地していた場所が、高速道路の建設による立ち退きエリアとなり、その費用を得られたことが、新たな複合リゾート開発に弾みをつけた。この資金を元手に、立花氏は協業を依頼していた有名シェフたちの発想をも存分に活かしていくとともに、自身が思い描く複合リゾートの実現に大きく近づいていくことになる。
そうして「アクアイグニス」などの実績ができてからは、自己資金と融資のほかに、地元出身の大企業の出資をはじめ、地元企業とのパートナーシップも活用して、協力者を増やしながら、新たな開発エリアの取得と、その土地ならではの資源を活かした複合リゾート開発で、新たな経済圏の創出に繋げている。

また、施設開発においては、地域の建設会社と連携して、日本古来の木造建築で、100年、200年と歴史を重ねていける建築構造で、開発していることも、特筆される点である。ヨーロッパで何百年もの歴史がある魅力的な街が、石造建築や石だたみでつくられていることをヒントにしているという。
VISONの成功以来、立花氏のところには、全国の自治体から数多くの相談が寄せられている。そのなかでも、立花氏が手掛ける開発地を選定する際の決め手として、3つの要素が揃うことが重要と話している。
その3つとは、「首長の熱意」「やる気のある企業」「魅力的な料理人」と話す。立花氏は、自ら足しげく現地を訪れ、時には100回以上訪れては、地元企業や生産者、職人や料理人、行政の方々と話をして、実現に近づけていく。土地の用途制限や、道路の工事規制が障壁になりそうな場合でも、貪欲に「地元行政と企業」との協業による実現の可能性を模索する。このこだわりと、協力者を惹きつける人間力が、開発を成功に導いている。

アクアイグニスの「美食」をプロデュースする世界的パティシエ辻口博啓氏 アクアイグニスでは、世界的パティシエ辻口博啓シェフが手がけるスイーツと農園が、まさに“地産地消の芸術” として展開され、人々を惹きつけている。 アクアイグニス片岡温泉には、TSUJIGUCHI FARM と呼ばれる自社農園があり、完熟いちごやハーブなどを栽培している。12月〜 6月中旬には「いちご狩り」も楽しめる。この農園で採れた素材は、敷地内にあるスイーツショップ「コンフィチュール アッシュ」のスイーツにふんだんに使われており、“どこよりも素材に近い場所でお菓子作りができる” という辻口シェフの理想を体現している。 また、VISON にはカカオハウスがあり、「LE CHOCOLAT DE H」も辻口シェフが手がけている。 |
大中小3つの開発モデルで、日本各地での複合リゾート開発へ

三重県で誕生した「アクアイグニス」ブランドのリゾート開発は、「VISON」の大成功と、「湯の山素粋居」モデルの開発を経て、その後、仙台、福井、淡路島、静岡、広島などでのプロジェクトが実現している。それぞれの開発地の規模と、地域の資源、地域の課題に合わせて、大中小の3つのモデルをベースに、その土地に合う複合リゾートを生み出している。3つの開発モデルについて、その概要を紹介していく。

「食の魅力」を発信するべく、世界一美食の町として知られるスペイン・サンセバスチャン市と多気町の提携も実現させて、VISON内の「サンセバスチャン通り」で、本場さながらの美食文化が楽しめるという演出もある。
そのほか、地元の薬草を活かした温浴施設、日本の伝統的な発酵調味料の蔵が並ぶ「和ヴィソン」、三重県の食や特産物を売りにした「マルシェヴィソン」など、約70の施設が集まり、「ここにしかない」食と癒しを求めて年間300万人が訪れる。開発費は約220億円という巨大プロジェクトで開発期間は5~8年。

VISON( ハシェンダ ヴィソン)」。朝食では、VISONの農園で採れた野菜が味わえる。
現在、静岡県駿東郡小山町の足柄サービスエリア周辺の桑木地区内に開発を進めているのが、このモデル。2026年には、東日本版の巨大VISONとして開業を目指している。
中型モデルは、2012年にアクアイグニス1号施設としてオープンした「アクアイグニス片岡温泉」。三重県菰野町の約15,000坪の敷地面積は、源泉かけ流しの温泉が楽しめる温浴施設の魅力を核に、辻口博啓シェフをはじめ3人の有名シェフによるレストランと宿泊施設、いちご農園などがあり、年間100万人が訪れる。開発費用は約15億円で、開発期間は3~4年。
宮城県仙台市に2022年4月にオープンした「アクアイグニス仙台」が、このモデル。震災復興のシンボルとして開発が進められた。地下1,000mから湧き出る温泉が楽しめる。また、2022年7月には、兵庫県淡路市の国営明石海峡公園内に、Park-PFIを活用した「アクアイグニス淡路島」がオープンした。2025年6月には新たに「TrailerPark」もオープンし、海を望むキャンピングスタイルの宿泊体験も楽しめる。
小型モデルは、2015年に同じく三重県菰野町にオープンした「湯の山素粋居」。約4,213坪の敷地には、12棟のヴィラが点在。一棟一棟が離れのような形になっており、それぞれ「石」「土」「木」「鉄」「漆喰」「和紙」「漆」「硝子」など、8つの自然素材をテーマに宿泊施設がデザインされている。各棟に源泉かけ流しの温泉が整備され、自然に囲まれた静かな環境の中で、ゆったりとした時間を過ごすことができる。一棟ごとに違う世界観が楽しめることで、リピート利用が促される。開発費は約7億円で、開発期間は2年。
福井県永平寺町に2024年11月にオープンした「歓宿縁(かんしゅくえん)ESHIKOTO」はこのモデル。永平寺といえば、スティーブジョブズも憧れた世界的に禅の聖地として知られる地。地元の酒造ブランド「黒龍」とコラボレーションした「酒蔵と地域の食のオーベルジュ」として、世界からの注目が集まることも期待されている。

世界最大の事業用不動産サービス会社CBRE コンサルティング本部 リテールアドバイザリー ヘッド 古謝有貴氏 デベロッパーやファンドなどの不動産のプロを助ける世界最大のエキスパート集団としてグローバルで数多くの案件をサポートしてきたCBRE社。日本の商業コンサルティング部門の責任者として複合開発や地方創生案件も得意とする古謝氏は、立花氏や辻口氏をよく知る人物であるがVISON の開発はプロでも舌を巻くレベルだと言う。立花氏の巻き込み力は誰にも真似できない多くの奇跡を実現させており、様々なデベロッパーから日本で最も注目すべき地方創生の形だとリスペクトされているという。 |
経済効果とサステナブルな運営への視点


「湯の山」素粋居では、12 棟のヴィラが点在。「硝子」(写真左)「石」(写真右)をはじめ8 つの自然素材をテーマに宿泊施設がデザインされている
「アクアイグニス片岡温泉」では、人口約4万人の菰野町に、年間100万人が訪れている。また、「VISON」では、人口約1.3万人の多気町に年間350万人が訪れ、約800人の雇用創出につながっている。ナショナルチェーンは誘致せず、コンビニエンスストアも、自販機も置かず、地域の資源を徹底的に活用することで、「そこにしかない魅力」を地元の人とともに創り上げることが高い体験価値となり、集客力に繋がっている。
「VISON」および「アクアイグニス」の宿泊施設の平均単価は、20,000円~50,000円、「湯の山素粋居」の宿泊平均単価は50,000円~100,000円。また、レストランの平均客単価は10,000円~15,000円と、日本人でも楽しめる価格帯にすることで、国内需要だけで経営・運営が継続できるビジネスモデルを構築。

予約や体験のデジタル化や、オンラインでの情報発信も充実させ、将来的には、デジタルを活用した交通手段の整備や自動車の自動運転を見越して、VISONではスマートインターチェンジに直結させるなど、観光客の利便性を高めることで広範囲からの集客を実現していく。
経営指標としては、利用者数をKPIとしている。今後、スパやアクティビティ、季節ごとのイベントや体験プログラムなど、リピーターを増やすコンテンツも拡充していく。足元人口に加えて、観光人口を重視し、地場企業との協業を積極的に図っていく計画だ。
アクアイグニスでは、今後も「VISON」「アクアイグニス」「湯の山素粋居」という大中小3つのモデルが揃った今、「地域の魅力を最大限引き出すプラットフォーム」として、地域の自治体や企業、料理人とタイアップしながら、地域の課題を解決するウェルネスリゾートの開発を進めていく。立花氏は、今後の開発についてこう話す。
「複合リゾート開発では、インバウンド旅行者増や、オーバーツーリズム解消のための地方でのリゾート開発が期待されていますが、日本人にとっても魅力的な場所が、日本にはまだまだあります。『温浴』と『美食』で、まずは国内需要を喚起することで、地方創生を実現していきたいです。ふたたびコロナ禍のようなパンデミックがあっても、国内の方々が『行ってみたい』『また行きたい』と思う場所として開発することで、サステナブルなリゾート運営と、100年後を見据えた地方創生を実現していきたいと思います」
DATA

VISON
- 名称:ヴィソン多気株式会社
- 主体事業者:株式会社アクアイグニス、イオンタウン株式会社ロート製薬株式会社、ファーストブラザーズ株式会社
- 事業内容:宿泊施設(200 室)、温浴施設(延床面積800 坪)、飲食店、製造販売店、物販店、産直市場、コーヒー農園、他(計75 店舗)
- インテリア・内装デザイン:BLINK Design Group/平安時代の雅文化・「源氏物語」「鳥獣人物戯画」モチーフなど
- 敷地面積:35 万坪(東京ドーム24 個分)、開発面積:16 万坪
アクアイグニス片岡温泉
- 事業内容:温浴施設(延床面積500 坪)、飲食店(6 店)、いちご農園、宿泊施設(19 室)
- 敷地面積:15,000 坪
湯の山 素粋居
- 事業内容:宿泊施設(12 室 かけ流し温泉付き)、飲食店(3 店)
- 敷地面積:4,213 坪

立花哲也氏
株式会社アクアイグニス
代表取締役